バラと人類のかかわりの記録は紀元前、古代バビロニア、古代ギリシア、古代ローマ、古代エジプトに遡ります。
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古代バビロニアは、メソポタミア地方(現在のイラク付近)のチグリス川、ユーフラテス川下流に栄えた王国です。この頃の遺跡からバラが彫られたレリーフなどが発見されているそうです。人々は既にバラを”栽培”していたとも言われています。 古代バビロニアといってもあまり馴染みはないかもしれませんが、占星術や週・曜日の概念は古代バビロニアで生まれたといわれていますので、現代の私たちにも実は無関係ではありません。メソポタミアの地で科学と文化を築き上げた古代王国に、バラの花はふさわしいではありませんか。 この古代バビロニアをイメージして、オランダの会社で「バビロンシリーズ」と言われるバラが作出されています。この時代はバラにとってはひとつの”起原”なのです。 |
古代ギリシアでは、詩人ホメロスやサッフォーの詩にバラが登場します。 研究者の話によると、ホメロスは曙に空が染まる表現にバラを使っているそうです。空が赤く染まったのを見てバラを連想したのでしょうか? サッフォーはバラを「花々の女王」と言っているそうです。そして香りを「恋の吐息」と表現したりしているそうです。詩の中のバラの象徴としての使われ方は現代とそう変わりがないように思われます。 クレタ文明が栄えたクレタ島に残る壁画は最古のバラの絵といわれています。 そして、ギリシア神話にはバラが数多く登場します。涙がバラになった、流した血で赤いバラができたなどなど・・・どれも現実的・科学的ではありませんが、神話の中でのバラの語られ方から古代ギリシアにおけるバラの重要度・ロマンチック度などを推し量ってみるのもまた楽しいものです。
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古代ローマでは、バラのお風呂(ローマ人はお風呂好き)、ローズオイル、その他、飲んだり食べたり飾ったり・・・人々の生活に密着したバラの逸話が多く残されています。どうやらバラを日常生活にフル活用していたように思われます。 一般市民だけでなく、皇帝ネロもバラ三昧の日々を送るほどのバラ好きであったと伝えられています。但し、ネロはキリスト教徒を迫害したために暴君としてのほうが有名になってしまっていますが。 |
古代エジプトで特筆すべきは、やはり女王クレオパトラのバラ好きでしょう。バラを浮かべた香水風呂に毎日入っていた、廊下にバラの花を敷き詰めてローマからやってきたアントニウスを迎えたなどという話は有名です。クレオパトラはバラをアロマセラピーとして上手に活用していたようです。 クレオパトラとバラ、人間と花の女王の競演はさぞや美しかったことでしょう。
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